
昨年の春、オープンガーデンで初めて訪れた「旧市原重治郎邸」。
庭を眺めながらいただいたお抹茶とお菓子、そして大正時代の面影を残す建物。
その空間にすっかり魅了され、翌年もまた足を運びました。
「この家のことを、もっと知りたい」
そんな思いから、ご家族へ一通の手紙をお渡ししたことが、今回の取材の始まりです。
お話を伺ったのは、現在この家を受け継ぐ4人のご兄妹のうち、長女の慈子(よしこ)さんと三男の治郎(はるお)さん。
旧市原重治郎邸は、どのように受け継がれ、今まで守られてきたのでしょうか。
ひいお祖父さまから受け継いだ家

「旧市原重治郎邸」の名前になっている市原重治郎さんは、慈子さん、治郎さんたちのひいお祖父さまにあたります。
その下に保治郎さん、そして重光さんと続き、現在は重光さんの4人のお子さんが家を受け継いでいます。


以前この家で暮らしていたのは、重光さんのお姉さんにあたる喜花(きか)さん。
おひとりで、長くこの家で暮らしていました。
喜花さんが亡くなった後、重光さんを経て、4人のご兄妹が管理するようになりました。
子どもの頃は、祖母と伯母さんが暮らす家として遊びに来て、ご飯を食べたり、テレビを見たり。
当時は「古い家を守る」という意識などなかったそうですが、ここで過ごした記憶が、今、この家を残したいという思いにつながっています。
「植物は待ってくれない」家を守る日々

歴史ある家を残していくことは、決して簡単ではありません。
特に大変なのが、繁る木々の手入れです。
背の高い木は年に1〜2回、植木屋さんにお願いしていますが、草取りや落ち葉の掃除、剪定など、日常的な作業はご家族が担っています。
「植物は待ってくれないんですよ」
少し間を空ければ、草も木もどんどん伸びていきます。
建物も同じです。
湿気やカビ、漆喰、畳など、古い家だからこそ常に気にかけておかなければならないところがあります。
「人の手をこまめにかけてあげないとダメなんです」
10年以上にわたり管理を続ける中で、ご家族自身も、古い建物や庭を見る目が変わったそうです。
寺社や庭園を訪れても、美しい景色の裏側にある誰かの手仕事に思いを馳せるようになりました。
オープンガーデンの美しさは「集大成」

毎年楽しみにしている人も多い、旧市原重治郎邸のオープンガーデン。
開催前には、ご家族が何日もかけて庭や建物を整えます。
「オープンガーデンの日は、ある意味、集大成なんです」
とはいえ、その苦労まで来場者に知ってほしいわけではないといいます。
「『きれいだね』『素敵だね』って楽しんでもらえれば、それでいいんです」
人が訪れる予定があるからこそ、庭を整え、家にも手を入れる。
家を開くことが、この場所を守り続ける力にもなっているようです。
大正時代から残る「洋館付き住宅」

旧市原重治郎邸が建てられたのは、大正14(1925)年頃と考えられています。
大正15年に東横線が開通した影響で敷地東側の土地が削られたため、現在の位置に引き家されたと伝わっています。
特徴的なのが、和館の母屋に応接室として洋館が配置された「洋館付き住宅」であること。
後の時代になると和洋のデザインがなじんでいきますが、この家は和館よりも背の高い洋館が外観上はっきりと区別できる形で建てられた、比較的初期のスタイルなのだそう。
洋室には高い天井や窓、幾何学的な意匠など、当時のモダンな雰囲気が残っています。
現在の壁紙やカーテンは後の時代のものですが、建物の随所から、大正期の暮らしを想像することができます。
「お客様を迎える家」だった

この家は、もともと市原家の別宅として建てられたと伝わっています。
本宅は花咲町にあり、戦災で焼失。
その後、ご家族はこちらへ移ってきました。
建物を見ると、家族の生活空間と来客を迎える場所が中央をまっすぐ延びる中廊下で分けられるような造りになっています。
廊下の奥に見える土蔵。
欄間や格式のある部屋の天井などにも、当時の家づくりの特徴が残っています。
慈子さんには、そんな「お客様を迎える家」を実感した思い出があります。
成人式の日。
雪の中、振袖姿でいつものように内玄関から入ろうとすると、喜花さんに止められました。
「前に回りなさい。正面玄関を開けるから」
普段はほとんど使われなかったお客様を迎える為の特別な正面玄関。
そこから家に入ったことで、
「大人として認めてもらったように感じました」
とヨシコさんは振り返ります。
建物の造りだけでは分からない、この家で営まれてきた暮らしが垣間見えるエピソードです。
建物にまつわる「もしかしたら」

そして、この家にはもうひとつ興味深い話が伝わっています。
親戚の間で、洋館は建築家・渡辺仁(わたなべ じん)が関わったのではないかといわれてきたそうです。
渡辺仁は、横浜のホテルニューグランド本館をはじめ、銀座和光や東京国立博物館などを手がけた、近代日本を代表する建築家のひとりです。
ホテルニューグランド本館は1927(昭和2)年に開業しており、旧市原重治郎邸が建てられたとされる1925(大正14)年とも近い時代にあたります。
ただし、旧市原重治郎邸との関係を示す資料が見つかっているわけではなく、あくまで親戚の間で伝えられてきた話。
ご家族も、そこは慎重に受け止めています。
「もしそうだったら、かなりすごい」
そして、
「ロマンがあります」
と笑います。
いつか新しい資料が見つかれば、この家について、さらに新しいことが分かる日が来るのかもしれません。
夜桜を見ながら思った「もったいない」

長い時間と手間をかけて守ってきた家を、なぜ人に開くようになったのでしょう。
そのきっかけのひとつになったのが、ある夜の出来事でした。
庭の手入れを終えたあと、六角橋仲見世通りで焼き鳥を買い、窓を開けて、庭の桜をライトで照らして眺めたご家族。
「贅沢だね」
そう言いながら過ごすうちに、こんな思いが浮かびました。
「これ、私たちだけじゃもったいないね」
家族だけの場所だった旧市原重治郎邸が、少しずつ地域へ開かれていくことになります。
そして実際に扉を開いてみると、ご家族も知らなかったこの家の記憶を持つ人たちが、次々と訪れるようになりました。
後編では、オープンガーデンから生まれた出会いと、旧市原重治郎邸のこれからについてご紹介します。
なお、11月15日(日)には秋のオープンガーデンが開催される予定です。
当日は庭や母屋の一部が公開され、お茶席やカップ盆栽づくりのワークショップも楽しめます。
詳しい開催情報は、後編の最後にご案内しています。
旧市原重治郎邸
住所:横浜市神奈川区白楽118
Instagram:https://www.instagram.com/jujirotei/
※最新情報は、マイペースにInstagramでご報告があるとのこと。
※DMは使用していないそうですのでご注意ください。
※旧市原重治郎邸は、2018年3月27日付けで「横浜市認定歴史的建造物」に認定されました。

この記事を書いたひと
ゆり
六角橋での文化的な活動のアクティブさに魅力を感じ、お散歩しています。
大の甘党でチョコレート派閥に属しておりますが、お茶やコーヒーも大好き。
ちなみにカレーも甘口派です。
よろしくお願いします。


