のろ猫です!
現在、六角橋の幹線道路といえば上麻生道路。
東神奈川駅からまっすぐにのびてきて、岸根公園の方へと続いてゆきます。
でも、この道路ができる前ってどうなっていたかご存じですか?
先日、親松の湯さんの取材に同行したのろ猫は、3代目の堀正義さんから、上麻生道路ができる前のメイン道路であった「旧道」のことをお聞きししてびっくり!
現在は離れている二つの道が、ひとつの「旧道」であったことに気づかされたのです!
今回は、堀さんに教えて頂いたことをもとに、歴史に埋もれた「旧道」を歩いてみることにしましょう。
お地蔵さんのいる旧い道

まずは上の写真でおおまかな位置関係をみたいと思います。
中央にある大きな水色の屋根の建物が親松の湯さん。
手前を走るのが上麻生道路です。
親松の湯さんの取材記事にもあるとおり、かつて米軍施設として使われていた岸根公園と、東神奈川駅の先にあるふ頭とを迅速に結ぶためにつくられたのが上麻生道路です。
そして、ひとつ奥に入ったところ、写真では赤い矢印で示したところにすこしだけ見えているのが、今回歩く「旧道」になります。

それではさっそく今回の出発地、「祐天地蔵尊」のあるY字路です。
真ん中にあるのがお地蔵さんの奉られているお堂。
両サイドの道には愛称が付けられていて、右側がこれから歩く「地蔵通り」、左側が「六角橋古道」になります。
このあたりは、昔から交通の要衝だったみたいですね。

お堂の中はこんな感じです。
休憩したり、お話したりできるスペースがあるのが嬉しいです。
説明書きによると、お地蔵さんは、江戸時代の名僧・祐天上人の名を冠して奉られているらしいのですが、
この祐天上人、疫病などで苦しむ民衆を救済して「地蔵菩薩の化身」と讃えられただけでなく、お寺の火消し組織をつくったことから「江戸消防の祖」とも言われているすごい方みたいです。
そういえば、親松の湯の堀さんも、「神奈川区は消防団が活発です。大学生も毎年5~6人加入し、そのまま消防団員になる人も多いんです」と言われていました。
古い建物も多い六角橋で生きる人びとにとって、消防意識は特に大切なのかもしれません。

外の掲示板にもこんな張り紙がありました。
スタンドパイプ式消火器の使用訓練。
町をみんなで守ろうという意識を感じますよね。
抽選会もあるとのことですが、残念賞がビスコ缶ってぜんぜん残念じゃありません。欲しいです。
のろ猫も参加しようかしら。


お地蔵さんとお別れして、そのまま「地蔵通り」を進んでいきます。
いまはちょっと寂しいですが、かつてはたくさんのお店が並ぶ商店街だったみたいです。
わずかに残る昔ながらのお店、そしてクレープ屋さんや古着屋さんといった新しいお店がぽつぽつと見あたります。
通りの歩行者は少なく、目当てのお店めがけて人が路地から現れる、といった感じでしょうか。


親松の湯さん(写真左)は、お店までのアプローチもいいですよね。
ここを歩くときから楽しいお風呂時間が始まっています♪
写真右は、昔タバコ屋さんの窓口だったのかなという痕跡ののこる建物です。
このへんはじっくり探すといろいろな発見があるかもしれません。
見えてきた! 失われたつながりと消火栓


やがて沿道は、のろ猫が静かになる風景(写真左)となり、上麻生道路と合流します(写真右)。
「地蔵通り」はここでおしまい。

うしろを振り返るとこんな感じです。
右が「地蔵通り」で、左の、はるか先までズドーンとのびているのが上麻生道路です。

先に向かう前に、堀さんから聞いたお話を地図で確認しておきましょう。
写真は六角橋自治連合会さんが作成された案内板(杉山大神にあります)の一部を撮らせて頂いたもの。
数年前、「道の愛称」を決めるプロジェクトが行われた際に設置されたもので、「地蔵通り」という名前もそのときに付けられたそうです。
これから向かう、かつて地蔵通りとつながっていたという道は、写真に青色の矢印で記したところになります。
この二つの道が、現在の上麻生道路の一部を間にはさむかたちで一本の長い「旧道」であった、ということなのです!
おわあ。
ちなみに、矢印で記した方の道は、さきの「愛称」プロジェクトでも名前が付けられなかったようです。
上麻生道路によって分断され、片割れの道だけが名前を与えられたこともあり、つながりは見えづらくなっています。


それでは、道の「つながり」を意識しながら、上麻生道路沿いを北に歩きましょう。
これまではラーメン屋さんしか目に入りませんでしたが、ここが「旧道」と重なる区間と知ると少し見え方が変わります。
岸根公園まで基本的にまっすぐズドーンな上麻生道路のなかで、この区間だけちょっと異質というか、
直線ではあるものの、フリーハンドで引いたようなふわふわした感じがあるのです。

バス停、そして歩道橋を越えてゆくとかつての「旧道」に入る場所にたどりつきます。
「地蔵通り」はここにつながっていたのですね!
何度も歩いた道ですが、まるではじめて来たかのようです。
右側では上麻生道路が岸根公園まで再び直線をズドーンとのばしています。
「旧道」の姿がみえてくると、上麻生道路(六角橋~岸根公園間)の方も、ズドーン、ふわふわ、ズドーンという3つの部分から構成されていることがハッキリ見えてきます。
おわあ!
それで、さっそく左側の道に入っていきましょう。
向こう側では、まるで、のろ猫の到着をずっと待っていたかのように消火栓が迎えてくれています!
北にむかって歴史をたどる

道なりに北へと歩いてゆきます。
幅は確かに「地蔵通り」に近いですね。
しんとした、いかにも「旧道」という雰囲気です。
新しい建物が多いので、昔の面影を探すのはなかなか難しそうです。

少し歩くと防災器具置場がありました。
さっき掲示にあったスタンドパイプ式消化器ってこれですよね。
今日はなんだか、行く先々で防災意識がアップです。
しかもすぐ横には、六角橋名物「すきま」道がのびています!
ちょっと寄り道して入ってみましょう♪

けっこう長いですよ

途中、いちど分岐を挟んでからの、すきまズドーン
レベル高いです♪
住人の方もけっこう通っています。
さいごまで歩くともちろん

上麻生道路に出ます。
たまたまなんですが、出た瞬間に目の前を消防車が通過していきました。
写真にも後ろ姿が写っています。
どういうことなんでしょう…
町の「消防」意識が、今も「旧道」を結ぶつながりのしるしだと、祐天上人が空から教えてくれたのでしょうか?
散歩中にはまれに不思議なことも起こります。

ともあれ、「旧道」に戻ることにしましょう。
道沿いに雰囲気の良い家庭料理屋さんがあります。
いつも賑わっていて、お客さんとおぼしき人が、のれん架けや、看板出しを手伝っている光景もみたことがあります。
愛されているお店にちがいありません。
いつか絶対行ってみたいです!


名前のついた坂もあります。
「ゆずりあい坂」と、「北町長坂」です。
どちらもいい坂ですが、さっきすきまに入ったので今日はもう寄り道できません。
誘惑を振り切って、先に進みます…


やがて道は上麻生道路と合流し、広大な岸根公園が姿を現します。
今は市民の憩いの場となっていますが、かつては軍事施設だったのですね。
道とともに、埋もれた戦後史の一端が浮かび上がってきました。
ときには道を歩きながら、六角橋の歴史に想いをはせることも必要かもしれません。
堀さん、お話どうもありがとうございました!
みなさんもぜひ歩いてみてください~

この記事を書いたひと
のろ猫
六角橋の魅力に惹かれて移住してきました。
普段は人の姿をして、本屋などに出没します。
ゆっくりとした歩行者の視線で記事を発信しますので、よろしくお願いします!

